バポナを販売した後、新入社員のKさんが一言。「店長、バポナを売る時なぜお客様のお名前とか必要なんですか?」「それはね、バポナが劇薬だから…」と言いかけて、私はふと昨晩の劇の練習を思い出していた。
私が入団している市民劇団「夢回帰船」は石ノ森萬画館オープン記念公演(七月二十一日、二十二日)に向けて、猛稽古の真最中であった。この年齢になると、なかなか台詞が頭にはいっていかず、昨晩も演出にだいぶ絞られた。「Oさん違う。そこはもっと情感をこめて!、台詞はもっとはっきりと。市民会館ではその声では、後ろまで通らないよ」と厳しく演技指導された。けいこも佳境に入ってくると、激しい言葉が飛び交いけいこ場は、修羅場と化す。
そういえば、演劇と劇薬は同じ漢字を使うな、普通と違う激しいものぐらいの意味かなあ…。それに一度演劇の魅力に取りつかれると、なかなか抜け出せないしなあ…。なんか薬と似たようなところがあるなあ…。「店長、店長。なにぼーっとしてんで
すか」。新人社員のKさんの声。「いやー、悪い悪い。だから、バポナは、劇薬なので薬事法第﨓条によって氏名、年齢、住所等を、譲受書に記入しなければならないんだよ」。すると、そばで聞いていたベテラン社員のHさんが、「店長、昼からぼーっとしてどうしたんですか。何かにとりつかれているんじゃないですか?」ときつい一言。「何言ってんだよ」とから元気で応戦しつつも、頭の中の思考回路はさっきの所へ戻っていた。
劇には他にも、たわむれる、いそがし等色々な意味がある。でも両者に一番共通しているのは、さっきの普通と違う激しいものと言う意味だろう。演劇は、非日常的空間を創造し、舞台と客席が一体となり、音、光等を駆使して人の感覚に訴える総合芸術である。あるときは優しく、あるときは激しく、観客の心に訴えてくる。
一方、薬には、普通薬、劇薬、毒薬という分け方がある。劇薬はまさしく普通薬ではない激しい薬である。使い方によっては、毒にもなり兼ねない。さらには、演劇は、まず脚本がありそれをもとに演出家が演出を行う。薬もまず医師の発行する処方せんがあり、それに基づいて薬剤師が薬を調剤する。そうか、薬剤師は演劇でいうと演出家のようなものか。演出の仕方によっては傑作も駄作になってしまう。なるほど、なるほど。と一人悦に入っていると、先ほどのベテラン社員Hさんの声で現実に引き戻された。
「店長一人芝居はそれくらいにしてください。処方せんたまってますよ」。